第10章 2001.前期

 10-1

 今年も初乗りは昨年同様三日のカオス・レーシングの初詣ラン。清瀬から浦和・所沢バイパスから富士見有料道路へ。有料道はほぼ平坦の直線路だが風の強い区間もあって先頭から一度切れるとなかなか追い付けない。今や強豪ゼルコバの人となった浅倉君の背中をはるか前方に見つつ必死に追うのは苦手な平地のいい練習になる。16号から川越・喜多院に向かい初詣、大混雑で時間がかかる。再び16号を東へ走り大宮指扇のピザ屋で昼食後荒川自転車道をリラックスペースで走り浦所バイパスに戻ると島さんががんがん引き始め(浅倉君は途中で分岐)二人で飛ばす。更に松が丘(梅津のウチの方)で走り込むという島さんと所沢へ向かい、こちらは帰還。
68km走行。

 その次に乗ったのもカオスのメンバーとで七日、走ってから新年会だということで軽く行くのかと思ったら、12月のあの88kmレース以来という飯塚君が張り切って猛然とアタック、これに島さんと俺も答えてハイペースで多摩湖~青梅街道~岩蔵街道を走り塩船観音で団子を食い休憩、引き返して多摩湖~松が丘。多摩湖終盤渾身のアタック(でもないか)で前に出るがあまりの苦しさに下を向いてしまうと「先頭行くなら顔あげろ、落車するぞ!!」と叱咤される。ごもっとも。よくプロが「アマは辛くなると前を見ないから一緒のレースは怖い」と指摘するが、分かっちゃいるけどそうなっちゃうんだよな。気を付けます。それにしても飯塚君と顔を見合わせては「ホント島さん強いぜ」とゼイゼイだった。恐るべし50代。東久留米・橋本さん宅での新年会では島さんが「今日は楽に走ると思っていたのに二人がガンガン行くから休めなかったよ」と実に嬉しそうだった。ううう。帰りは雪が降り出しおまけに無灯火。すっかり酔いが醒めた。まあ一応80km走行。

 そうそう、この日の最高心拍の話になったのだが、島さん192、保谷君198等という値だったが俺は169だった。これだけ心肺に余裕があるのだから脚力さえあれば相当いけるんじゃないか・・・ったってそれが無いのさ。

 10-2

 毎日寒い。ここのところローラーばかりだ。1/24に多摩湖に走りにいったが日陰は残雪が凍っているところがかなりあり、それを口実にアベレージ心拍150あたりのペースでフロントはインナーのみのクルクル・ペダリングで35km。予定ではもう1周11kmやるつもりだったのだが腹も減ったし低負荷高回転ペダリングは思いの外バテたのでやっぱり帰るか、と中途半端な気分でフラフラとUターンしようとしたのがいけなかった。右に切った前輪にゆるゆる回していた左の足先が接触、これは珍しくもない。だが防寒に2枚重ねていたシューズカバーの外側がオフロード用の、厚くつま先がやや余ってモコモコしたやつだった。これが変にタイヤに引っかかってしまい、あれ?と思った途端転倒。ゴンと路面に頭を打った。すぐに起きて歩道に上がったものの、何が何だかわからず、ぼーっとしながら周りを見回す。あそこの売店、向こうの交番、うん、良く知っている所だが一体ここはどこだっけ?俺はどっちに行くんだ?あれれ?そうだ、カミさんに電話しよう。うん?今朝出勤したんだっけ、家にいるんだっけ。待てよ、場所が説明出来ないのに連絡してもしようがない。としばしボーゼンと佇んでいたら次第に霞の中から方向が分かってきて帰路についた。帰ってきちんとバイクを室内のローラー台に据え付け、近頃始めたホエイ・プロテインの牛乳割を作って飲み、風呂を用意して入浴、昼食と、一見順調のようだったが後になるとその順番が思い出せない。よく、夜中に突然頭痛を訴え亡くなる、という事があるから病院に行こうかとも思ったが、もっとひどい有り様で救急車で運ばれても検査で問題無かった人間を何人も見ているのでやめた。実は九日目の今もまだ微かに痛みがある。でもタマさんも「五日経って生きてたら大丈夫」というから、あいつは坊さんのライセンスを持っているらしいので信じちゃおう。 

 で、ローラーばかり。浅倉君の薦めで、大阪のトライアスロン系ショップ<アトリエ ドゥ キャファ>(http://www.kijafa.com)のメールマガジンを購読し始めたのだが、ペダリング120回転/分で60分を目標に、という記述があり、他にも思うところあってローラーの内容を切り替えた。

 いままでのベーシック・メニューは固定ローラーで負荷を真ん中、フロント39×リア23から3,4分毎に1枚ずつ上げていって15分かけてアップ(ここで39×17)、そこからアウターにして52×19を基本に心拍140以下で20~30分、リアを数段上げて心拍155~170で5分、(根性があればこの20分+5分をもう1セット)、ダウンを15分、の55~65分。新たに切り替えた回転重視メニューではアウターは使わず、心拍140以下の20分の部分を95~105rpm(39×17)、心拍155以上の部分を120rpm(39×16)に置き換えた。目標60分にはほど遠く、120回転は5分でもきつい。ズルする日は5分を120:2分、100:1分、120:1分と区切る。こうすると大分気が楽だ。120に上げた時、これが5分と思うと絶望的になるからね。気分が乗っていて時間がありかつ猫が眠りこけている時はピストで3本ローラーを30分やってからロード+固定ローラーに移る。3本は必死にこいでいる時に猫が平気で下を通ったりするので眠っているすきにしか出来ないのだ。

 しかしタマさんのページを見ると彼のローラーは凄い。ピスト+3本ローラーでいきなり重い負荷で始めて45分、やや軽くして45分、さらに45分をもう2回等と書いてある。45分で休憩するわけではなく、データを書き取る為に止まるだけで3時間連続だ。これって異常だよね。競輪学校入れば?

 10-3

冬季合宿初日:

 2月9日、7時過ぎにワンボックス車に苦心して7台の自転車を積み込み、カオス・レーシング冬季合宿先発隊は東久留米を出発。メンバーは原会長、橋本幹事、浅倉、早川の4名。昼前に土肥港の民宿「美浜」に到着。名古屋から新幹線+フェリーでやって来た梶田氏と合流、近くの中華屋で中華丼を食い、荷物を宿に入れ準備をし自転車を組み立て1時過ぎに出発。長老組は海沿いを南下するが、俺は浅倉君と共に東へ山に入り修善寺へ向かう。土肥峠への上り、早くも3kmで約500mの差。浅倉君としてはまだウオームアップ段階なのだろうが勾配が出てくるにつれどんどん背中が遠くなって行き、やがて視界から消えた。おまけに大事な PRINCEちゃん、ぎゅうぎゅう車に詰め込まれたせいでリアディレイラーが曲がってしまったようでローの25Tに入れるとスポークにカンカン当たる。23Tで頑張って来たがボチボチあきらめて止まって直すことにした。

直す、ったって外側にひん曲げるだけだが、あまり力を入れるのもコワイ。そうこうしていると、上まで行っていつものように「ここで待ってても退屈だから(いつ来るか分かんないし)戻ってもうひとのぼりしちゃおっと。」と浅倉君が下って来た。ドライバーで調整ネジをいじったがラチがあかないのでやっぱりもう少し力を入れて曲げ直し、当たらなくなったので再出発。船原・月ヶ瀬方面への下りは快調ではあったが道の両側は雪で寒かった。5kmくらいの平坦路の後、修善寺に入り戸田峠への上りが始まる。この10.5kmはかなりきつく、44分05秒、平均時速13.8km。頂上前では度々時速一桁にまで落ち込んでしまった。戸田への下りも急で、風も強くバイクが振られてしまい気を抜けない。殆ど同じ距離だが下りは15分。港で休憩。浅倉「いやあ、最初のもなかなかキツかったけど、今のはキツイのぼりでしたねえ、好きですよ。明日もやりたいなあ。」勝手にしなさい。地図で見ると海沿いだから楽そうに思える土肥への道も、ここまで消耗しているとイヤになるほどアップダウンが多い。上の方から土肥港の船が見えた時はほっとした。65km走行、実走行2時間51分。浅倉君はまだ足りなくて土肥峠を上りに行ったらしい。風呂に入り、部屋の窓から海に沈む夕陽を見ながらビール、そして夕食は大漁盛に日本酒、部屋に戻り近年すっかり飲んでいないスコッチで初日は終了。

合宿2日目:

 8時の朝食後9時、5名で出発。海沿いを松崎に南下。アップダウンを繰り返し約24km、57分。北に2kmばかり引き返し西伊豆町で後続と合流(まあ俺が行き過ぎてしまったのだが)、スーパーでゼリー飲料とあんパンを買い仁科峠へ向かう。もちろん浅倉君よサヨウナラ、後ろはノンビリだし中間を一人旅。どんどん上りはきつくなり上には雪も多くなってくる。約22km、1時間27分。乗鞍みたいなものか、ずっと林の中なので全然眺めは違うけれど。脚がきつくて先の行程まで考え弱気になり、心拍は最大155,アベレージ136までしか追い込めず。上に着くと浅倉君は勾配11%の看板の坂を上ったり下りたりしておった。レストハウスでうどんを食べていると程なく梶田氏がやってくる。去年の合宿以来1年ぶりのロードレーサーだというのによく走れるものだ。更に暫くして幹事、会長が到着。会長も滅多に乗らないのに、何度も足を着いたとヒイヒイ言っていたが大したものだ。休憩後、昨日の修善寺~戸田峠の激上りをやりに大回りする浅倉君、ちょっと上り始めたものの賀茂へ下ることにしてUターンしてしまった会長・幹事と別れ、梶田氏と二人で棚場山~土肥峠へ。車には2台くらいしか出会わず快適な走行だった。峠の旧道から新道に合流後の下りは観光バスなどがタイトコーナーで大減速するため車が詰まり気味で走りにくい。下まで降りたところで梶田氏が「きついけど裏道でさっきの所まで上って行けるんだけどどうする?」という。ううむ、これは挑戦かな?「行こう!」と受けて立ち脇道へ。二人ともノロノロヨロヨロ、これはホントにきつかった。上の方はミカン畑で眺めはいいんだろうけど勿論それどころではない。なんてことをして土肥に戻り、雑貨屋でプロテインのための牛乳を買っていると会長も現れた。楽しようとした下り、急勾配と曲がりくねりと寒さ(日陰、残雪)で大変だったそうだ。宿に帰ると、今朝出てきた後発隊5名が連休渋滞で遅れて到着、やっと走りに出ようとしているところだった。誘われたがお断り。80km走行。しかし伊豆の80kmは東京近郊のそれと全然違う強度だ。さあ風呂とビール、おっとその前にプロテイン+牛乳。・・・今さらだが、遅く帰ってきた浅倉君は160km走ったそうでご満悦。

合宿3日目:

 最終日、総勢13名で9時出発、昨日同様まず松崎へ向かう。2,3分で浅倉君が加速して行ったのでこっちはどうせ始めだけだから追いかけて行く。俺は焼酎の二日酔いだってのに、他のわけえモンは全然付いて来ない。3つ目の上りで置いていかれ一人旅。浅倉君は松崎手前で昨日原・橋本組が仁科峠から下った道を上ってから松崎へ下りて来ると言っていた。峠まで昨日の上りルートよりずっと距離が短いから相当勾配はきつい筈。少し迷ったが最終日くらい皆と走ろうとそのまま松崎に向かった。56分、昨日よりやや早い。一応皆を待つ。しかし一向に現れず20分後に新人Y君がようやく到着。皆は休憩したりしているらしい。さらに10分待って待ちきれず逆走、信号3つ位で会い、そこに明け方東京を車で出てきた保谷君が宿から力走してきて合流した。しかし斉藤女史の希望で美術館に立ち寄るというので結局分かれてY君と二人で蛇石峠を目指す。
 蛇石の上りは7km位だがそこそこキツく手頃な峠、天気も良くて空の青さが気持ちいい。下ってから海方向への曲がり道を2km程行き過ぎてしまい引き返していたら向こうから浅倉君がかっ飛んで来て下田方向へ行ってしまった。こっちの道は「何で海に行くのにまたこんな上るんだよ?」という具合だ。たどり着いたのは子浦というあたりの妻良港という小さい漁港である。おかしい、国道に出る筈なのに。どうも地図では気が付かなかったが道が交差せずに下をくぐったらしい。通りかかった婆さんに聞くと「この角ずっと行きゃあいい。えれえ上りだがね、あっはっは。」と言うので「え、いやだなあ、ははは。」と答えたがこれはドえれえモンじゃった。最初から諦めたくなるような角度だったが中盤落ち着いたと思いきや最後の数十mは今まで経験の無い勾配で、カーブを回って視界に入った途端思わず悲鳴が漏れた。しかし後ろから来る新人の手前投げ出せないし、ロード始めたてにいぬふぐり会長の洗礼を受けた時とすぐあとに奥多摩周遊道を初めて上った時以来諦めて押したことはないのだ、くそ~。一応立ちこぎ体勢だがちっとも踏めない。倒れそうな速度でミシミシ上がりようやく上り
終わったときには転倒しなくてホントによかったと思った。押して上がって来たY君を待ってからしばし休んで出発、しかし我々が出てきた所は上り坂の途中で、ちょうど学生サイクリストが押して歩いてきた。前途多難。
 ここからは海沿いを北上するのみだが、このあたりは今までの海岸線に増してアップダウンがきびしい。55km/hで快適にくだりつつも「これだけ下ってるんだからまたこんなに上るんだろうなあ、トホホ。」と思ってしまう。途中「手打ち蕎麦」の看板につられ激坂の脇道に入った。すぐ道は平坦になったのだが林の中を行けども行けども看板はちょくちょく出て来るのに店は無い。また上りになってしまう。Y君はとうに挫折気味で見あたらない。2km近くも走ってようやく家があり洗車していたオジサンにきいたら、そこから急になる上りを1km行った所だという。くそ~、看板に距離書いとけ、バーロー!!とんだ無駄脚を使ってまた国道に戻り雲見温泉の食堂にたどり着いたのが2時前。カレーうどんを食ったらうどんが乾麺で麺同士貼り付いてたぞ、バーロー!!その後もヒイコラしながら松崎に戻って来て、ここからは朝走って来たからとY君を待たずにひた走る。黄金崎で別動隊数人を追い越し宿の手前で牛乳を買って3時半頃帰着。105km走行。浅倉君と言えば南伊豆町ですれ違ってから下田~天城峠~湯が島と本日も150km走って帰って来た。
 晩餐は伊勢エビコースにカニ・帆立鍋。部屋での宴会ではワインを飲みまくったようで朝も顔が真っ赤でした。

 ● 10-4● 

 2月25日、例年より1ヶ月早く今シーズン初レース、JCRC第1戦・下総フレンドリィ・パークだ。本来嫌いな平坦コースなのに昨12月のここでのレース(9-8参照)で一時は先頭に立ったりして面白かったので出場することにした。会長(E)、山田(F)両選手ともに実は密かに入賞・昇級を狙ってエントリー。少なくとも一度くらいは前方に出られていい写真が撮れる筈だと妻も同行する。
 9時15分会場着、既に第1駐車場は満車で入れず第2に回された。この時点で「え~?そんなに一杯来てるのかよ、こりゃダメじゃん。」と会長。もう上位クラスのレースは始まっていたが三人の中で最初の俺・Dクラスが11時半出走なので余裕でローラー、坂でアップ。そして召集。出走50人とはこのコースには多すぎる。本来今回の定員は45,通常5、6名はある欠場を見越して50人以上受け付けたら殆ど全員来てしまったので気を付けて走るようにと役員からの注意があってレース開始。とにかく定員が守られたとしても人数が多すぎて前に出られない。12月も44名だったがあの時は45km、今日は24kmと短いので最初からペースが速いのか、ぎっしり詰まったまま展開する。前回はその気になれば上りで前方に出られたのに、今回はそこでも前がつかえてしまい上りだというのにペダルを止めねばならない周回もある。序盤は前寄りに出ることもあったが数カ所のコーナーで詰まる度に後方からドーっと割り込まれ危ない。肩が当たる、車輪がかすめる。一時は来るんじゃなかったと戦意喪失、中盤には最後尾の審判バイクに後ろに付かれるというまさかの状態に陥り、さすがにビックリして前に上がる。相変わらずダンゴ状態で落車も発生した。結局最後に1位が13秒、2位が5秒集団からリードしてフィニッシュ、その後28人集団ゴールでそのどん尻の30位。俺のあとは18秒遅れに1人、その後は1分遅れからパラパラと10名、その他8名が周回遅れ等で失格・棄権という案配だった。ガックリ、甘かった。大体シーズン初戦は周囲が調整不足だからか、いつもまあまあだった筈なんだが(ホントは錯覚)。
 続く会長も、序盤こそは2~5番手くらいで頑張っていたが俺と同様に集団ケツ(しかしDより脱落が多く17位/48名、内18名失格・棄権)でゴール。山田氏のFはもっとバラけて応援するには面白かったが24名中12位で、結局全員夢破れる。まあ同距離だった会長のEクラスの優勝者より2分位は速いタイムだったのがせめてもの慰めだ。
あ~あ、今年の前途は・・・。

唯一の上りでこの渋滞。

 10-5● 

 <3月18日>

 次のレースがなんだかんだで結局4月22日の<ツール・ド・草津>になってしまった為練習もだらけ気味。
10-2 に書いた高回転ローラー・トレもどうも芳しくない。自分の方法はずれているかもと思う。ロードに出て重いギアを踏めなくなったような気がするし、長めのダラダラ坂等はやはり重めで踏んだ方が軽めでくるくる回すより速い。難しいところだ。

 <最近の主な室外練習>
3/5:小沢峠~名栗~山伏峠~山王峠 /85km 西から強風の日で消耗。山伏から名栗に帰ってきたらラバネロの飯島選手とすれ違う。オリンピック選手はどのくらい違うものなのか追いかけて(追いつくワケないけど)みようとしたら脚がつった。
3/11:カオスのクラブラン。浦所バイパス~富士見有料道路~16号~指扇~荒川自転車道 65km
3/16:所沢早稲田キャンパス・狭山湖裏の周回ルート16kmと多摩湖など 45km
         ・・・この日は更に夕方ジムでスピニング・マシンをこいでガクガク。
3/18:カオスに行くつもりが雨が降り出したのでこれを書いている。しかし回復しそうなので午後でも早稲田に行くか。ヨーロッパのレースのビデオを見ながらのローラーもいい。あまり寝ていないし少々二日酔いだ。

 ところで固定ローラーはミノウラのインターリムを使っていたのだが、やはり抵抗の感覚が実走とかなり異なるのが気になっていて年頭から新機種導入を考えていたところ、浅倉君が昨年の<キャファ通信>上でユーザーからの質問に箕浦氏が回答している盛り沢山の文章を転送してくれた。そこにも「リムドライブ式の欠点としては,タイヤ先端よりもはるかに内側のリム側面を駆動しているためフライホイール効果が少なく,踏み込むといわゆる「すかすかした」スリップを感じることがあります。(~中略~)フライホイール効果は直径の2乗に比例して増大して行きますから,みかけ上の直径が小さいリムドライブでは,フィーリング面でデメリットがあります。」というくだりがあった。次期候補としてはミノウラ・ハイパーマグ、サイクルオプス、キャットアイCS-1000。サイクルオプスのオイル抵抗式が大幅に値下げをしたので食指が動いたが同社から新製品としてマグネット負荷方式がリリース、やはりマグネットの方がいいということなのか?だったら長年の蓄積のあるミノウラの方が信頼性が高い。ハイパーマグの負荷装置はモデルチェンジしたばかりの自信作ということである。サイクルオプスの磁石式は負荷強度切り替えがリモコンではなく、又ハブ幅の狭いピスト車は使えないらしい。キャットアイのものも良さそうだが場所を取るのと前輪を外してセットするので、普段外を走るモゼールの室内保管スタンドとしての意味もあるから面倒だ。というワケでハイパーマグに決定、玉サイで取り寄せてもらった。使用感は上々である。速度が40kmあたりから回転音が大きくなるのがやや気になるが概ね静か。
 これで何と固定ローラー2台、三本ローラー2台(負荷装置ナシ・友人が粗大ゴミで見つけたものとフリマで玉サイ常連ワカモノが5000円で買った負荷装置付きを2500円で譲りうけたもの)になってしまった。なんとかせなばならぬ。タマさん、インターリム買わない?